4年ほど前に早稲田学報(2020/2月号)が「教授の部屋」という特集を掲載した。文系理系合わせて10名の早大教授がどんな部屋で過ごしているのか紹介したものだ。教授室と聞くときれいに書籍を並べたアカデミックな空間を想像するが、実際の部屋はどうなのか。想像通りの整然とした部屋もあれば何もない部屋もある。半数の部屋は乱雑そのもの。自分の専門分野の書物を始め関連する資料や物品であふれている光景がご本人の写真とともに写っている。そんな中で一人だけ女性教授が紹介されていた。第一文学部社会学科の嶋﨑尚子教授だ。品のいい親しみやすいお顔が雑然とした部屋で「掃き溜めの鶴」のように写っていた。興味をひかれたのは女性教授というよりも彼女の研究分野のこと。なんと、今はなくなってしまった炭鉱の旧産炭地をフィールドワークの対象にしているのだという。北海道の閉山炭鉱の離職者5,000人の行方を10年にわたって追い続けた経験を持つ。
若いころ炭鉱で仕事をしてきた身には、早稲田にも炭鉱のことをいまだに研究している先生がいたことは大きな驚きであった。そこで失礼も顧みず「先生が講演などされる場合はぜひご案内をお願いします」とメールを送ってみた。当方が長崎の離島の炭鉱で実務経験を有することも付言して。しばらくして「お目にかかりたい」との返信を頂いたので久しぶりに「文キャン」に出かけて行った。懐かしいスロープを上りキャンパスへ。出迎えの大学院生に案内されて教授と面会した。一頻り炭鉱の昔話などしてみたら、「炭鉱での実際の仕事を経験した管理職の方は貴重なので、私のゼミでぜひ体験談を話してほしい」と頼まれる仕儀となった。
当時はコロナ禍で大学の授業はオンライン方式だった。そのため対面授業ができるまで待機し、秋になってようやくそれが一部解禁されたので2020年10月12日、嶋﨑ゼミの対面初回に招かれ再び文キャンに。教室に入るとおよそ男女半々の25名の学生が真剣な眼差しで待っていた。中には数名の中国人留学生も。「肩の力を抜いてリラックスしてください」との先生の言葉にもかかわらず話はどうしても力み勝ちになる。
三菱各社共通の理念である「所期奉公」「処事光明」の説明から、三菱鉱業労務の伝統精神「安人昌業」の解説、高島炭鉱の歴史と三菱における役割など、肩の凝る話にも学生諸君は熱心に耳を傾けてくれた。一連のレクチャーの後はインタビュー形式の質疑応答となる。ここでやっと肩の力が抜けたはいいがリラックスしすぎた。「炭鉱労務の仕事は」との質問に、労働組合対策で酒ばかり飲んでいたという話をしたところ学生の反応に鼻白んだ空気を感じたのは気のせいだったか。まあ大概の質問には適当なアドリブを入れながら無難に答えたが、最後に「生まれ変わったら何の仕事がしたいですか」と問われたのには参った。全くの想定外、考えたことすらなかったとも言えないので「うーん、酒飲みのアバウトな生活ではなくもっと知的で著書の2,3冊でも出せるような生活かなあ」とか漠然曖昧な返答をしてしまったのは情けない限り。
締めに「皆さんの今後に大いに期待しているので頑張ってください」と言って2.5時間の講義(?)を終えたが、果たして彼らに私の話がどれほど役に立ったかは甚だ心もとない。講義終了後教授が「本来ならこれから酒席で懇親頂くところですがコロナ禍のためご容赦を」とのたまった。実はここが一番楽しみにしていた部分だったのだが時節柄やむなし。記念の小さな校名入りの和三盆を頂き拍手に送られて寂しく帰宅、一人で細やかに反省会を催した。あの時助手や大学院生だった彼らの活躍を目にすることができる日が来ることを心待ちにしている。 (了)
