江戸城天守閣の再建(松本誠) 2024年4月

江戸・東京にお城がない!

1657年の明暦の大火(いわゆる振袖火事)で江戸の半分位が焼失、豪華絢爛にそびえたっていた木造5階建ての寛永度天守閣は、飛び火を受けて燃え尽きた。

初めは太田道灌の江戸城の建設が1460年ごろ。木造の2階建てか3階建てのまあ要塞のような建造物であったらしい。その後徳川家康が江戸幕府を開き、天守閣を築造する。2代目の秀忠が約20数年後に移築するような感じで天守閣を築造した。そして世の中が安定してきた3代将軍家光が徳川家の威信を誇る3回目の江戸城天守を建設。当時は天守閣は大名の威厳を誇るものとして城郭の端に、敵が侵入してくることを想定して城の入り口あたりに、石落とし、や矢玉や鉄砲を撃つための射撃穴が設けられた。ただし家光が築城した寛永度天守閣にはこれらが一切ない.世が安定し、その必要がなかったからだ。従って寛永度天守閣は平和な世の中の安泰を象徴する城であった。この威容は姫路城より容積において約3倍、城の高さも数メーター上回る威容であった。

これをもう一度再建できないか!認定NPO法人江戸城天守を再建する会は地道に活動しています。再建するには幾多の難題があります。

その1は皇居内が建設場所としていること。(当然のことながら宮内庁はじめ国家の承認が必要)姫路城や熊本城、名古屋城などはすべて各市の土地にあるため、市議会が決定すれば前に進められる。従って江戸城の場合は内閣が閣議決定し、国会の承認を得て後に正式決定となる。そのためにはこの建設構想を国民運動的に広めて多くの賛成署名が必定です。現在衆議員、参議院議長あてに10万人署名運動を展開中。多くの国民が総意として結集すれば大いなる前進となる。昨年11月菅前総理がTV番組で江戸城天守再建に前向きな発言をして大いに注目された。

その2は皇居を見下ろす天守閣は皇室を見下すということにならないか、という理屈があります。これはすでに40数年前、東京海上火災が本社を建設する折、30階建てから25階建てに変更して建設した、という逸話があります。現在は丸の内ビルなど幾多の高層ビルがあります。皇居を見下ろす、という古い概念は現在はないと思います。

その3は建設費です。反対者の何人かは公費を使っての建設は反対!といいます。私たちの考えは建設費は国民各層の寄付でまかなうというものです。昔、大阪城を建設しようとしたとき、当時の大阪市長の関一さんが府民の寄付で大阪城を建設しよう!と呼びかけそれに大勢の府民、国民が賛成して建設がされました。数年前に建設費は500億円と想定されていましたが、現在はきっと700億円程度はかかるでしょう。しかしこの建設計画が正式に決まれば都民はもとより、全国民がこぞって大いなる活動支援になることでしょう。

その4はこういう活動を展開するNPO江戸城天守を再建する会の会員の減少です。こういう素晴らしい構想は多くの市民やボランティア等からの永続的支援です。この会の主財源は会員の年間会費からまかなわれています。現在前年末の会員は1100人となっています。

コロナ禍等を経、また高齢者が賛同多くいましたが、そのままの活動が無理な方が見うけられ会員数が減っています。この会は広報活動や定期便を年数回発行しています。また各種のサロンやお祭り等のイベントにPR資料を作成、配布しています。

ボクがこの運動に携わってすでに20年ぐらいになります。まだまだ構想途中の感はありますが、日本人の心、そしてロマンを追求してこの建設を皆さんの力で前に前に進めていただきたいと思います。