2025年4月26日(土)開催
近隣 華岡 正泰
“向う三軒両隣り”という言葉があったが 今の東京“隣りは一体 何する人ぞ”。だが私、最高の近隣に囲まれての毎日を過ごしている。そのトップはTKさんなのだが・・・
曽て近くに立野さんという先輩が居られて親しくて頂き 週に一度は夜をご一緒していたが或る夜「今日膀胱ガンと診断された その時はよろしく」と頼まれた。程無く亡くなってしまい 私は奥さんに別れの言葉を述べさせて頂きたいと願い出た。これまで何度か弔辞は述べてきたが 書き物にすると美辞麗句に走り 気持ちが伝わらない気がして 遺族にお願いして語り掛けにさせてもらってきた。立野先輩にも「先輩」「立野さん」と呼び掛けた。幾度も言葉を失い 脱線し 行き詰まったが 思いの丈を述べさせてもらった。式場を出たところで呼び止められた。菅原一秀さんだった。「あんな弔辞初めて 良かった」と褒められた。近隣先輩への恩返しが出来た思いだった。
TKさんは心から私のことを心配してくださる。エッセイ会への参加も最寄りの駅で待ち合わせての一緒。帰りは私の健康を案じて「もう一軒!」をどうしても許してもらえない。
家の近くの四つ角で別れるのだがTKさんが遠ざかるのを見届けた上 馴染みの居酒屋に潜り込むと「こんなことだろう」と戻ってきてドクターストップの身なのにビール一杯付き合ってくださる。こんなお方である。TKさんと学院 学部が同期のSTさんのお二人に立野さんが私になさった同じ事をお願いしていることを覚えている。
TK邸へ向って中程の老夫婦が営む小さな床屋。そこへ行くと店のおばさんからTKさんの動静を聞かされた。この店には会社の知人も青梅街道の南から ここ北側まで通っていた。おばさんの人柄にひかれていたのだった。おばさん私には特に丁寧にしてくれた。でも主人に続いて亡くなり 店は閉じてしまった。
床屋の隣が居酒屋“翔太朗”。酒が揃い焼き鳥が旨く 練稲の20名程とは一緒している。
大雨でHNさんに 深酒してはTYさんに家まで送られたことがある。店の夫婦とは近所付き合い。住まいがバス停の真ん前でベランダから手を振ってくれる 道で会へば挨拶。旦那は時に珍しいに酒を 女将は手作りの料理を届けてくれる。店の勘定は多目に済ますのに女将は屡々送り狼になる。息子が解剖医で大学の准教授というのには感心しきり 右隣りは自宅で歯科技工士を営む人で奥さんはフィリピン人。近くに信金があった頃 通訳と送金を手伝ったことがあり 以降 私を「uncle」と呼ぶ。
その隣りが東大出の大手食品会社の もと偉いさん。気さくな人で良く立ち話。古くからの翔太郎の客で 夫婦で店に行くことがある。左隣りは亡くなった田原さんの野村証券の部下も少し足を伸ばすと親しくしている大勢の練稲の皆さん。こんな近隣に恵まれて 現役時代想像もしなかった老後を送っている。特に練稲のお陰が大きい。唯々感謝あるのみ。
先月 もう一人 心強い近隣が加わった。TK邸と4号違いに住んでいた家内の妹が 独り身になって久しく 年も取って心配になり施設に入れたので その家に次男一家が社宅を出て越してきたのだ。双子の孫娘が居て 入れ替わり立ち替わりやってくるので「私だけが忙しくなった」と 家内は嬉しい悲鳴をあげているのだが。
おわり
外国人留学生と日本語 小林 康昭
工学部で教員を勤めていた時に、外国人の留学生を教えたことがあります。特に記憶に残る中国人留学生がおりました。彼は中国東北部の吉林省の北朝鮮との国境に近い農村で幼少期を過ごし、現地の大学で学びました。一家は少数民族の朝鮮人で、彼は家庭では家族と朝鮮語をしゃべり、家庭の外では学校の教員や学友たちと中国語(北京官話)を読み話し書いていました。両親は朝鮮人として日本語教育をうけた世代であり、日本語を不自由なくしゃべることができたそうです。彼が日本に留学する気持ちになったのは、両親の存在が大きかったようです。彼は両親から日本語の手ほどきを受けました。学校で学んだ英語と併せて、彼はバイリンガル(2言語使い)、トリリンガル(3言語使い)ならぬ、中国語、朝鮮語、日本語、英語を自由に操るクワドリンガル(4言語使い)のマルチリンガル(多言語使い)でした。
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彼は頭が良く、機転の利く模範生でしたが、それだけにいろいろと気がついて、鋭い質問を私に投げかけて躊躇させました。日本語と朝鮮語や英語との違いを指摘して、その不可思議さや不条理さを質そうとするのです。
例えば「どうして、感謝するときに日本人はありがとうと言うのですか。中国語では謝謝、朝鮮語ではカムサハムニダ(感謝します)と言って言葉の中に感謝が出てきます。有難うや有難うございますには感謝の意味があるのですか?」訊かれたので調べてわかったことは、有難うとは滅多にあり得ないという意味で、感謝の意味はないということでした。もともとの表現は「あり難き幸せである」と言って、これを直訳すると(あなたがやってくれたことは私にとって)滅多にあり得ないほど幸せなのです、という意味で、それを以て感謝を表現しているわけです。そのあり難き幸せから、幸せを省いて「あり難き」だけが残り、それが転じて有難うとなりました。肝心の幸せが省かれてしまっては、意味不明になってしまうのは当然のことでしょう。
また、次のような疑問をぶつけられたこともあります。「おはようございます、と言いますが、こんにちわ、こんばんわ、にございますはつけませんね。どうしてでしょうか」尋ねられてもお答えできる問題ではありません。「わからんなぁ」としか答えようがありません。すると彼が追い打ちをかけるのです。「英語では朝はグッドモーニング、良い朝ですね、昼過ぎの午後だったらグッドアフタヌーン、良い午後ですね、夜だったらグッドイブニング、良い夜ですね、と挨拶しますね。でも日本語のこんにちわ、こんばんわ、の挨拶にはそのような意味がありませんね」「・・・」
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日本で生活をしている外国人には易しい日本語を使って話しなさい、と役所などがガイドブックで促しています。
例えば、中止する→やめる、食事する→ごはんを食べる、早急に、大至急に→急いで、発見する→見つける、避難する→逃げる、断水する→水が出ない、停電になる→電気が点かない、危険である→危ない、倒壊する→倒れる、警戒する→注意する、命に別状はない→死ぬことはない、などなど。総じて音読みの熟語が理解しにくいようです。
ですが、いくら易しく分かりやすくしたところで、理解しにくい表現があります。その場合は、無理に日本語に拘ろうとせずに、むしろ英語を使った方が良いでしょう。例えば、行こう→レッツゴー、静かに→ビ・クワイェット、警察官→ポリス、消防士→ファイヤーマン、救急車→アンビューランス、というように。
日本語の助詞の頻用にも問題があります。英語ではファイアーで済むところが、日本語では「火事だ」となります。彼らはこれを覚えて「あそこがカジダです」と言います。聞き取る日本人は混乱します。外国人は日本語の常体(である、だ)と敬体(です、ます)の2種類の表現があることを知らないか、知っていてもその使い方が分からないのです。だから、外国人に日本語で苦労させるよりも、我々自身が、日常も簡単な英語を使うことに慣れておくべきでしょう。
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日本語の会話はそこそこなのに、まともな日本語の文章を書ける外国人は少ないですね。何とか書ける人でも、日本人が書く文章を読解するのに、苦労しています。彼らは中国語や英語の文章を、主格の次に述語の動詞が来るので、話の落としどころを承知しながら読んでいきますが、日本語では述語の動詞は文章の最後に来るので、落としどころがどうなるのか分からず、落ち着かない気持ちで読んでいきます。文章の終わりの動詞までたどり着いたら、その動詞の所で詰まってしまって分からなくなることがあるようです。特に否定形の動詞が、彼らの理解を妨げるのですね。
例えば「明らかであることは言うまでもない」、この言うまでもない、が分からない、と言います。言うまでもないことだったら言わなければいいだろう、というわけにはいきません。ここは、→明らかである、と書くべきでしょう。
幾つか例を挙げてみますと、その気持ちは分からないでもない→その気持ちは分かる。縮小につながりかねない→縮小につながるだろう。そのような意見が少なくない→そのような意見がかなりある。誤解される感が否めない→誤解される感がある。無責任と言わざるを得ない→無責任だ。何とかなると思ったのではないか→何とかなると思ったのだろう。彼が勝つことは間違いない→彼が勝つだろう。参加しなければなりません→参加するべきです。優れていることは事実である→優れている。影響は大きいと言える→影響は大きい。発言はご遠慮願いたい→発言してはいけない。お詫びしたいと思います→お詫びします。象は鼻が長い→象の鼻は長い。美しい私の日本→美しい日本の私。などなど。
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外国人の日本語を意識することで、自分たちの日本語も正され磨かれていく、ということなのでしょう。
お米の不思議 小林 士
ご飯、めし、マンマ。食事についていくつかの言い方がある。いずれにしても、私たちの食事は米を食べることが前提で、そのときいっしょに食べるおかずがどんなに贅沢なものであっても「付き添い」の地位をこえるものではない。食事の主役はあくまでも米である。
その米がこのところ急騰し、この7カ月ほどの間にかつての価格の2倍に達した。2倍である。その値上がりにおどろくが、私がもっとおどろくのは、その理由があまりはっきり知られないことである。納得のいく説明が聞こえてこない。何故か分からないまま米の価格だけがあがり、消費者はただただそれを受け止めているばかりである。消費者もおとなしいものである。
米が不作で供給不足となり、米の取り合いが生じた結果値上がりしているのだろうか。それならば、稲を刈り取る前から予測されることで、事前に誰もが知り得ることである。今回そういう情報は聞かない。麦が不足してパンの供給が不足し、パンを食べていた人たちがお米に走った結果、米の値段がつりあがったのだろうか。パン食が増えたとはいえ米と主権を争うほどの地位ではない。なぜ米の値段がこれほどまで上がるのだろうか。
ここで政府の備蓄米という米が登場した。不時のそなえとしてたくわえている米らしい。米の備蓄ということは昔からやっているらしいが、今回これを放出することになった。業者の入札によって買い取り先が決まるとのことである。結果として放出量の96%を農協が落札したと報じられた。
96%という数字は驚きの数字である。これは「全部を農協が買いとった」と言うに等しい。農協の完全独占である。
ここで、買手が農協であったといわれると私たちは「そうでしたか」と理解する。では農協以外のどういう会社が、組織が、入札に参加したのか? そう問われると私たちは答えに窮する。農協以外に米を買いたがる会社にはどんな会社があるのだろう。想像がつかない。
放出米が市場に出るまでに時間がかかっている。流通に時間がかかるのだそうだ。これだけ社会問題化しているなかで、なんとか早く米の値段を下げようという熱気がどこからも感じられない。私には不思議でならない。
日本人の主食である米は、需要と供給の経済原則から完全に遊離して、その筋の一部の専門業者だけが掌握し操作する商品になってしまった、今の状況では誰かがどこかで大儲けしている、としか考えられない。誰が、どういうことをしているのだろう。
